ぐうたらシゲ公のつぶやき

勝手気ままに日々の生活の中で考えていることや
思いついた事を日記風に書きたいと思っています。

ドライな人が多くなった?

=配慮する気持ち=
あるトーク番組で年金問題を
議論している中、一人の作家らしき
人が「あと10年経てば団塊世代の
人たちが死んでいく」


「そうなれば年金の支出も大きく
減少するのではないか」
おいおい、団塊世代の人達の寿命は
あと10年ということか?


確かにあと10年から20年くらい
だと思うが、人生の先輩に対して
もう少し配慮して発言する気持ちが
あっても良いのではないか?


団塊世代の人が多いので年金の負担が
多くなる、この人たちがいなくなれば
制度も正常な状態に戻り楽になるので
将来が楽しみだと言わんばかりの
発言のように聞こえてしまう。


団塊世代の人たちを厄介者にしては
いけません。
この作家がこのような発言をしたので
今後この人を見たくなくなる、ツイッターを
見ているとこの人が虎ノ門ニュースで
絶えず出てくるのですぐにスルーしてしまう。


どうも日本人は昔から食い扶持を減らす
ために老人から早く死んでもらおうとする
風習がある。


数十年前に映画「楢山節考」を見て
人は生きるためにこんなことまで
するのかと思い知らされた。
実際の姥捨て山なるものがあったのか
どうかをいろんな文献を見て調べた
ことがあった。江戸時代の末期まで
あったようだ。間違っていたらすいません。


話は少し変わるが
人は情けや義理と言ったものを何時から失って
しまったのか?昔からなかったのか?
自分は古い人間かも知れないが「情や義理」
というものは大事な事だと思っている。


自分はお世話になった先輩たちが困っている
時は何とか手助けしてきたつもりである。


困っている後輩には色んなところに働きかけ
てピンチを救ってやったりもした。


しかし後輩連中は自分がピンチの時、誰も
知らふり、情けなかったが期待した自分が
愚かであったかも知れない思い、何かににつけ
今後は「期待」しないことしている。


義理などは幻であったかも知れない
ですね。
人間より犬のほうが義理堅いかも
知れませんね。


ゴルフ場の昼食、隣で豪華なうな重
ええなぁ 思い切って来週は?